『ラチェッド』ネタバレ感想:名作に登場する悪名高き看護婦長の前日譚
Netflixドラマ『ラチェッド』のシーズン1全8話を視聴しました。「あなたにおすすめ!」とNetflixから勧められたので見てみたのですが、途中までは面白かったんですけど、どんどん現実離れし過ぎてきて微妙になりました。あと、犯罪行為をしたり見逃したりと、人道に反した事をしてる女性達が「男なんてクソ!」って連帯する流れもあまり好きではありませんでした。シスターフッドが好きな方は楽しめると思います。
2話目の冒頭で知ったんですけど、このドラマの主人公ミルドレッド・ラチェッドは名作映画『カッコーの巣の上で』に出てくる鬼看護婦長のことなんです。彼女の前日譚となるサスペンスホラー物語です。原題は『Ratched』になります。
あらすじ
1947年のアメリカ。同僚達が映画を見に出払った雨の夜、一人の神父が宿舎で自慰に勤しんでいた。すると、一人の青年が電話を貸してくれと訪ねてくる。
映画に出かけていた神父達が戻って来ると、バスルームには宿舎に残った神父の遺体があった。隠れていた青年は神父達を惨たらしく殺害していく。青年は自分の母親をレイプした神父を見つけると、何度もナイフを突き立てた。その様子を、ベッドの下に隠れていた若い神父が声を押し殺して見ていた。
6ヶ月後、ミルドレッド・ラチェッドは州立病院ルシアにナースとして雇ってもらうため面接にやって来る。病院には、神父4人を惨殺した殺人鬼エドモンド・トールソンが収容されていた。
予告動画
登場人物&キャスト
ミルドレッド・ラチェッド
In its first 28 days, 48 million members have booked an appointment with Nurse Ratched, making it our biggest original Season 1 of the year. pic.twitter.com/NjCR8uPuPP
— Netflix (@netflix) October 16, 2020
精神科病院であるカリフォルニア州立病院ルシアで働き始めたナース。ある目的のために、手段を問わず病院内外の人間を利用しては搔き乱していきます。演じているのはサラ・ポールソン。
エドモンド・トールソン
神父を4人惨殺してルシアに収容された殺人鬼。責任能力が認められれば死刑になります。演じているのはフィン・ウィットロック。
グウェンドリン・ブリッグス
州知事の報道官。レズビアンで、ゲイの男性と偽装結婚をしています。演じているのはシンシア・ニクソン。
リチャード・ハノーバー
州立病院の院長でドクター。精神疾患治療への行き過ぎた情熱があります。薬物使用をしており、また、後ろ暗い過去もあります。演じているのはジョン・ジョン・ブリオネス。
ベッツィー・バケット
主任ナース。ドクター・ハノーバーに惚れ込んでおり、上手く取り入るラチェッドのことを嫌っています。演じているのはジュディ・デイビス。
レノア・オスグッド
ドクター・ハノーバーへの恨みを持つ大富豪の女性。お猿さんを飼っています。演じているのは『氷の微笑』などで有名なシャロン・ストーン。
ヘンリー・オスグッド
レノアの息子。残虐性があります。とある出来事によって四肢を切断しており、レノアが何から何まで面倒を見ています。演じているのは『13の理由』のジャスティン役でお馴染みのブランドン・フリン。
ハック・フィニガン
男性ナース。戦争により顔面の半分に損傷があります。演じているのはチャーリー・カーヴァー。
ドリー
見習いナース。性欲旺盛で、危険な男に惹かれるのだそうです。演じているのはアリス・イングラート。
シャーロット・ウェルズ
解離性同一症(多重人格)の女性。ドクター・ハノーバーの治療によって改善を感じたため、信頼を寄せます。演じているのはソフィー・オコネドー。見たことある女優さんだと思ったら、『ホテル・ルワンダ』に出演されていたんですね。大好きです、『ホテル・ルワンダ』。
ルイーズ
ラチェッドが滞在しているモーテルの主人。ベッツィーとは友人です。演じているのはクリストファー・プラマーの娘で『パルプ・フィクション』などに出演しているアマンダ・プラマー。
ネタバレ感想
ミルドレッド・ラチェッドが登場する『カッコーの巣の上で』とは
このドラマの主人公ミルドレッド・ラチェッドは元々、名作映画と名高い『カッコーの巣の上で』に登場するとても厳しい看護婦長さんです。主人公と対立する悪役という立ち位置のキャラクターです。私は『カッコーの巣の上で』を前に1度見たのですけど、ラチェッドさんのことはあまり覚えてませんでした(笑)。そういえば厳しいナースがいたなぁというぼんやりとした記憶しかなくて。私の中ではそこまで存在感がなかったということなんですけど、悪役として名高いそうです。
『カッコーの巣の上で』の物語について触れておきます。ネタバレなので、知りたくない方は次の項まで飛ばしてください。知らなくても、ドラマ『ラチェッド』の鑑賞には問題ないと思います。
映画では、昔の精神疾患に対する治療や対応の非人道さが描かれています。主役のマクマーフィを演じるのは名優ジャック・ニコルソン。マクマーフィーは刑務所に収監されるのが嫌で精神病患者のフリをして精神病院に入院することになります。その病院を取り仕切っていたのが看護婦長のラチェッドです。マクマーフィーは自由奔放な性格で、ラチェッドの厳しいルールに反発したり他の患者達を焚きつけたりしてやりたい放題するんです。抑圧に抗ってるんですね。ラチェッドからは厄介者扱いされるわけですが、患者達はマクマーフィーの自由さに次第に魅了され、絆が生まれます。ところが、ある事件がきっかけで患者の一人が自殺をしてしまい、自殺に追い込んだラチェッドにマクマーフィーは激昂してしまいます。危険人物と見做されたマクマーフィーはロボトミー手術を施され、廃人同然になってしまうのです。
ロボトミー手術というのは、前頭葉の一部を切除して神経回路を遮断するという外科手術です。重篤な精神疾患の症状を改善するとして実際に広く行われていましたが、無気力になるなどの症状が見られるために非人道的な手法だとして今では行われていません。前頭葉を切り取られて廃人同然にさせられる手術がまかり通ってたなんて恐怖ですよね。このドラマ『ラチェッド』でもロボトミー手術が出てきます。
で、ジャック・ニコルソンのことは覚えてるし、ロボトミーされた後の結末も覚えてるんですけど、ラチェッドのことは「そんなに冷酷な悪役だったっけ…」と思う程記憶が薄い。もう一度見直して確認したかったんですけど、Netflixにもアマプラにもなくて断念しました。とにかく規律が大事で患者達を抑圧してくる冷酷なモンスター、というのが『カッコーの巣の上で』のラチェッドのようで、なぜ彼女がそんなモンスターになったのかをこのドラマが描いていくのです。ちゃんと覚えてない私が言うのもなんですけど、『カッコーの巣の上で』は面白いので未見の方は是非見て下さい。正直、ドラマ『ラチェッド』よりも面白くて良い作品だと思います。
ラチェッドの悲しい過去
ドラマ『ラチェッド』のラチェッドは強引な手段を用いて州立病院のナースになるわけですが、それは全て、殺人鬼エドモンド・トールソンのためでした。エドモンドはラチェッドの弟です。2人とも孤児で血の繋がりはないのですが、虐待する里親の間を2人で転々としていました。最後に辿り着いた里親は、なんと幼いラチェッドとエドモンドに性行為をさせてそれを見世物にして金をとっていたのです。やばすぎ。その結果エドモンドは里親を殺害し、ラチェッドに逃げるよう言うのです。結局ラチェッドはエドモンドを残して逃げ出したのでした。
ラチェッドもエドモンドも滅茶苦茶ハードモードな幼少期を過ごしていたわけです。だからって人殺したり死に追い込んだりするのも仕方ないとは思いませんが、同情はしちゃいますよね。そして、幼少期にエドモンドを置き去りにしてしまったラチェッドは、今度こそエドモンドを見捨てはしないと心に決め、エドモンドの神父殺しの目撃者に勝手にロボトミーを施したり、患者を言い包めて死に追いやったり、死体を焼却して隠蔽しまくったりと、あらゆる手段を使ってエドモンドに近づいて守ろうとしているのです。
ラチェッドの目的はわりとすぐわかるんですけれど、彼女の非情さは人格なのかと思っていたら、ちゃんと罪悪感を持っていたことが途中で判明しました。恩のある弟のためなら何でもするという覚悟から心を鬼にしていたわけですね。でももういっぱいいっぱいになっちゃって、苦しかったことを吐露してしまうんです。最初はサイコパスなキャラかと思っていましたが、彼女はちゃんと善悪の区別がつく人間だったわけです。弟のために自分も他人も犠牲にしていただけ。とは言え、何の非もない人間相手に相当なことしでかしてるんで、悲しきモンスターですね。
同性愛が病気扱いされていた時代の女性達の物語
ラチェッドはグウェンドリンに迫られたことで自分が同性愛者だと気づき始め、最初は受け入れられなかったのですが徐々に認めていくことで晴れてグウェンドリンと結ばれます。『glee』のライアン・マーフィーが手掛けている作品ですから、セクシャルマイノリティのエピソードは絶対出てくるだろうと思ったし、実際、かなり描かれていました。起用されているキャスト陣にもセクシャルマイノリティの方が多数いらっしゃるみたいです。
ドラマの時代では同性愛は病気と見做されていて、精神病院に患者として収容されているんですよね。ロボトミー手術の対象にもされていて、恐ろしいことです。個人の性的指向を変えようだとか矯正しようだとかいう考え方が傲慢ですよね。一体どういう論理(?)で病気扱いされていたんだろう、と改めて疑問に思ったんですが、病気ではないとされている現代においてわざわざ掘り返して調べるのもアレなのでやめました。
びっくりしたのは、車の中で女性が2人きりでいるだけで「そういう目で見られる」的な台詞を口にしてたことです。別に同性愛者じゃなくたって同性同士2人きりで車に乗るぐらいするものじゃないの…。この時代では、女性2人きりってのがそういう連想させたんですかね?
ラチェッドとグウェンドリンの同性愛ストーリーに加えて、ラチェッドと対立していたナース主任ベッツィーとの間にも友情ストーリーがあります。この辺が女性の連帯として描かれていました。私はラチェッドにもグウェンドリンにもあまり感情移入や共感ができなかったんですが、ベッツィーは見ていて楽しくて好きなキャラでした。ドクター・ハノーバーに恋してる姿が可愛らしいなって思ったんですよね。相手側は迷惑に思っててこっぴどくフラれてしまうんですけど。で、人前で酷い言葉でフラれてしまったベッツィーをラチェッドとグウェンドリンが慰めたことで、彼女達の間に連帯が生まれました。
対立していたベッツィーを慰めるシーンや、ラチェッドがベッツィーに本心を吐露してしまったシーンは凄く胸がじーんとしました。しんどい時に敵だった相手が手を差し伸べてくれたらぐっときちゃいますよね。ただなぁ、彼女達、クソな男と同等かそれ以上のクソなことをやってるわけですよ。(今のとこ)酷いセクハラ野郎の州知事より問題に思える。そのせいで私は彼女達の連帯に乗れませんでした。彼女達自身にクソなことをやっている自覚はちゃんとあるみたいですけどね。ラチェッドが弟のために犯罪行為をするのはまだ理解できます。彼女は相応の覚悟を持ってることでしょう。グウェンドリンやベッツィーが犯罪を見逃す心情が理解できない。軽犯罪ぐらいだったら彼女達の連帯をもう少し良い目で見れたかもしれないんですけど、過激になりすぎてて支持できない。
ドクター・ハノーバーのフリ方は確かに酷かった。ただこれ、性別逆にしたら好意を持ってた側が加害者扱いになると思います。女性が好きでもない初老の男性からしつこくアプローチされてたら、絶対男性側が批難されますよね(笑)。
精神疾患の描かれ方への疑問
現代でも精神病院や精神障害者に対する漠然とした危険視や負の認識が根強くあります。誰でも精神疾患にかかる可能性があると広く知られるようになりましたし、メンタルヘルスの問題もよく周知されてはきましたが、それでも昔の良くないイメージが払拭されたとは言えないですし、社会の精神疾患に対する理解もまだまだ不十分でしょう。
で、このドラマ、根強く残る精神疾患の危険なイメージそのまんまの人物が登場するんですよね。解離性同一症を患うシャーロットの描き方は特にマズイんじゃないかと思います。解離性同一症はかつて多重人格障害と呼ばれていました。シャーロットはどう見ても、解離性同一症の人は怖くて危険って感じさせるキャラクターになっています。ハックまで殺す必要はなかったように思うし…。
異常な暴力性を見せるヘンリーの具体的な診断名は出てきましたっけ?ピケリズムというワードは出てきましたけど、病名ではなく性的関心の一種のようです。サイコパスみは感じますけど、正確なことはわかりません。何にせよ、人格か精神に問題を抱えているであろうヘンリーもやはりめちゃくちゃ危険なキャラクターになってますよね。
女子色情症(ニンフォマニア)の見習いナースのドリーも、何の関りもないグウェンドリンを撃ったり警官達に向けてショットガン乱射したりと、かなりぶっ飛んだ危険なキャラでしたよね。色情症だと言い出したのはラチェッドなので本当にそうだったのかはよくわかりませんし、色情症の症状に暴力性は関係なさそうなのに危険キャラにされています。
少し前にSNSで話題になったのですが、藤本タツキ先生の『ルックバック』という読み切り作品に出てくる一部の描写が問題視され、それを受けて表現が変更になるということがありました。問題となったのは、統合失調症だと思われる男が殺人を犯す描写でした。批判を受けて、殺人犯はいわゆる”無敵の人”へと修正されています(※追記あり)。修正後に騒動を知ったので修正前のは読んでいないのですが、この件に関して私は、批判が出るのは理解できるけど修正する必要はなかったと思っています。
私、修正前の『ルックバック』がアウトなら『ラチェッド』もアウトだと思うんです。こうやって、これがダメならあれもダメって、どんどん表現にアウトが積まれていくのは反対ですし、アウトとセーフのラインが恣意的なのは嫌なので、自由であって欲しいんです。『ルックバック』は変更されて欲しくなかったし、『ラチェッド』も変更とかして欲しくない。でも、Netflixや『ラチェッド』の制作陣って、性別やLGBTQや人種の取り扱いには物凄く気を付けてるじゃないですか。偏見を助長するような表現を許さないですよね?それなのに精神疾患に対する扱いはこれでいいの?自分達がして欲しくない表現は認めないのに、それ以外の領分には鈍感でいいの?って思うから、疑問視せざるをえないです。決して、精神障害者を殺人犯に描いたりホラーの題材にするななんてことは思ってないです。
エンタメであるフィクションに正しさを求めすぎるのは間違ってると思うんで、あんまりこういうことは言いたくないんですけどね。ただこれは、「君たちがこういうことするの?」って突っ込まずにはおれなかった。今後の展開によっては偏見を助長する意図がなかったことが明らかになったりするかもしれませんが。
■追記(2021/09/03)
『ルックバック』が単行本化され、修正された表現が元々の表現に近い形に再修正されたようです。配慮もしつつ本来の犯人像に近い落としどころになったみたいですね。
最後に
シーズン2の制作は決定してるみたいですね。個人的にストーリーは今一つでしたけど、衣装の色使いがとても素敵でお洒落なところは好きです。グリーンが多いのが印象的でした。ラチェッドの私服もお洒落なんですけど、ナース服が可愛かったなぁ。精神病院の内装も可愛らしくて、病院とは思えない感じでしたね。ホテルみたいだった。あと、音楽の使い方がちょっとレトロ感ありました。昔のホラー映画っぽかったです。